
| 世界一周旅行ときどき日記 |
記事一覧 |
|---|---|
| スーダン行き船の旅 ~ 乗船 | スーダンの砂漠列車 |
ナセル湖の湖面は鏡のように滑らかだった。船はまったく揺れることはなく、動いていることさえ忘れてしまいそうだった。もっとも、船の時速は 25km がいいところだが。
僕とシンとメエちゃんの3人は、直角の硬い椅子に座り、滅入ってくる気分を、ありとあらゆる不満を口にすることで紛らわした。この船は、あきらかに今まで乗った船で最悪の船だった。今夜は直角の椅子で寝ることになる。
しかし、この船に乗ることを望んだのは、他ならぬ僕ら自身なのだ。過酷なのは人に聞いていた、嫌なら飛行機に乗ってしまえばいい。選んだのは自分だ、耐える以外に方法はなかった。
とにかく何でもいいから気を紛らわすべく、食堂へ行ってみることにした。既に使ってしまった食事券の他にドリンク券が一枚あり、それを使うことにした。その券にはアラビア語が書いてあるだけだが、船のチケットを受け取った時に、ドリンク券だと説明を受けた。
食堂では事もなげに、それはもう終わったと告げられた。食事の後の紅茶の券だったらしい。
傍にあった冷蔵庫のコーラはいくらだと訊くと、通常の数倍の値段だった。僕は港で最後の小銭を使い果たしていて、それを払うことができなかった。あんなところで、石鹸なんか買うんじゃなかった。
僕らがあまりにも落胆して見えたのだろう、実際にかなり落胆していた。乗務員がコーラを1本ずつ持っていけと言い出した。くれると言う。
彼はエジプト人か、それともスーダン人だったのだろうか。どちらにしても、本当のモスリムは優しくて親切なのだ。船は呪いたくなるほど酷いが、人は親切だ。食事の時にだって、後ろに並んでいた僕に先に料理を渡してくれた。隣の男は自分のスプーンをくれたし、空手息子の父親は席を確保してくれた。
僕らはお礼を言うと、冷えたビンのコーラを一本ずつ握り締め、外の通路へ出た。心地よい夜風を受け、月に照らし出された流れてゆく湖面を見ながら、うまいねぇ、と連発しながら、喉を下りていく炭酸の刺激を味わった。
食堂へ戻ってしばらく時間を過ごしていると、深夜を過ぎ、もう閉めるからと追い出された。あわよくばここで朝まで過ごそうと考えていた僕らは、しかたなくもとの硬い椅子の客室へ戻った。
長椅子の上はもちろんのこと、床も、通路も、隙間無く人が寝ていた。足の踏み場がなく、自分の場所へ戻ることさえ困難だった。僕らの席は、とうに無くなっていた。僕らが戻ってきたのを知り、寝ていたエジプト人が一人座るだけの場所を空けてくれたが、どのみち、3人寝ることはできない。いよいよ寝る場所が無くなった。
以前、中国で黄海を縦断する船に乗った時、無座 (ウーズオ)、という一番安い切符があるのを知った。それは乗船が許されるだけで、席もベッドも無い、通路や甲板で寝る人のための切符だった。このスーダン行きの船の切符は二等だったが、今や無座と成り果ててしまった。さて、一晩を明かす場所を探さねばならない。
昼間、船の整備士に聞いた話によると、そもそもこの船は300人くらいが定員らしいが、今週は500人も乗っているという。少し人が多いなどの騒ぎではない、沈まないことを願うばかりだ。
階段の上の一等客室へ続く通路の入り口に、空いている空間を見つけ、そこに陣取った。ゴザでもあれば横になれるが、汚い床にそのまま寝るわけにもいかない。僕らはそこへ座り込み、現実逃避のための話を始めた。
今一番食べたい日本食は? 必ず食べる寿司ネタは? 刺身は? 一番好きなうどんは? ならソバは? どんぶりなら? 焼肉で欠かせないものは? じゃぁ焼き鳥は?
長期間日本食を断ち、スーダン行きの船に乗ってみるといい。こんなどうでもいい話を1時間くらい、夢中で語り合える。しかし現実逃避は何も解決しなかった。ふと話が途切れると、腹が減った自分がいる。誰からともなく、こんな話はやめようと言い出した。
食堂に出入りしていた乗務員に、寝る場所が無い、そこの長椅子で寝させてくれないか、とシンが話を持ちかけた。シンの英語は決して上手いとは言えないが、誰と話すにも決して物怖じしない。僕はシンといる間、会話はぜんぶ任せて、ほとんど口を出さないことにしている。
食堂の長椅子は従業員のベッドらしく、最初はダメだダメだと断られた。だが、メエちゃんの加勢が功を奏したのか、ボスらしき人物が、じゃぁここで寝なさい、と2つの長椅子を提供してくれた。棚から牡丹餅とはこの事だ。僕らは無座の状況から逃れることができた。
ただし、条件があった。シンとメエちゃんのカップル、男と女は一緒に寝てはいけないという。さすがモスリム、男女の接し方については厳格だ。夫婦だ夫婦だと主張したが、これはボスも頑として認めなかった。
じゃぁ、ひとりはテーブルの上で寝る、という案を出した。僕は以前、徹夜で仕事していて余りにも疲れ果て、キーボードをどけて机の上で寝たことがある。しかしこれも許可されなかった。イスラム教の経典に、テーブルで寝てはいけない、という教えがあるのだろうか。
まぁ、それでも寝場所があるだけマシだ。メエちゃんは一人で寝て、僕とシンで長椅子を半分ずつ使った。
体が痛くなり目が覚めるたびに、寝返りを打ち、足をテーブルに上げたり、何とか安眠できる姿勢を探した。シンは椅子に座ったまま、テーブルに突っ伏して寝ていた。また眠りに落ち、体の痛みで目を覚ます。何度も繰り返すうちに、朝がやってきた。
もう時間の感覚はない。朦朧とした意識のまま、丸い窓から外を眺めると、アブシンベル神殿が見えた。僕らはその神殿を数日前に訪れていた。スーダンの国境までわずか数十キロの場所に、その遺跡はある。
ここから直接国境まで行ければ楽なのだが、おそらく政治的な理由により交通手段が何も無い。僕らは 240km 戻って、このおんぼろ船に乗り込んだのだ。しかし、その呪うべき船旅も、アブシンベル神殿が見えれば残りわずか。スーダンは近い。
下船を間近にして僕が一番望んだことは、乗船の時と同じだった。もう砂の上でも、コンクリートでもいい、早く体を真っ直ぐにして横になりたい。
ウガンダ シンバ村ちゅーところは電気も水道もないのか。世界には吉幾三の故郷のようなところがあるんだね。
いや〜ほんとにすごいですね。
たまたまここにたどり着きました。
どの写真も迫力がありますね。
この先も気をつけて毎日楽しんで旅を続けて下さい。
僕も途上国で生活していますが、毎日平和です。
ではでは失礼します。
一度コメントを送ったんですが上手く反映されないようなのでもう一度遅らせてもらいます。2重になったらごめんなさい。
加倉わん、こんにちは。ご無沙汰しております。興坪でお会いしたsaruuです。
トルコからそのまま北上なさるのかなぁと想像しとりました。今はアフリカを周られているんですね。
私は個人的にアフリカ音楽や民族舞踊が好きです。それらは西アフリカで盛んなのでもし加倉さんが西アフリカを周られるようならその様子がこのHPで見られることを楽しみにしております。
アフリカ旅行は過酷なものとよく聞きます。病気や怪我がなくより良い旅が続くことを祈っております。
| 世界一周旅行ときどき日記 |
記事一覧 |
|---|---|
| スーダン行き船の旅 ~ 乗船 | スーダンの砂漠列車 |
| 世界一周旅行ときどき日記 |
記事一覧 |
|---|---|
| スーダン行き船の旅 ~ 乗船 | スーダンの砂漠列車 |