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シンとメエちゃん スーダン行き船の旅 ~ 国境を越えて

スーダン行き船の旅 ~ 乗船

The Day 1196 - 2006-02-14 Tue 20:10 Wadi Halfa, Sudan… Black Eyed Peas - Let's Get It Started
甲板も人でいっぱい
早く寝たもの勝ち

エジプトを南下して陸路でスーダンへ抜けるには、両国の国境を跨る巨大な人造湖、ナセル湖を船で行かねばならない。

行かねばならない、というのは、文字通りそれしか交通手段がなく、週に1便しかない船に乗る以外に選択肢がない。タクシーも自転車も徒歩も、匍匐前身も五体倒置も不可能なのだ。

直線距離にして約 250km、エジプトのアスワンから出発して、スーダンのワジハルファを目指す。

船の出発は午後。乗客の数によって、出発が何時になるかは誰にもわからない。僕らは早朝に宿を出発し、朝一番に港まで行き、船の席取りのために列に並んだ。一晩を船の中で過ごすため、寝る場所を確保しなければならない。

約5千円という、エジプトの物価を考えるとものすごく高額な料金にも関わらず、席は早い者勝ちの自由席。ベッドのある1等客室は、外国人には売ってくれない。

港の入り口には制服を着た軍人らしき男達がいて、一刻も早く中へ入ろうと目論む乗船客を追い払っていた。そこにはルールも秩序も存在せず、肩に三ツ星の勲章を光らせた制服の男が、不動明王のような憤怒の形相をして、声をひっくりかして怒鳴り散らしていた。もしこの男が犬だったなら、僕は狂犬病だと判断して決して近づかないだろう。

早起きしてやってきたのはまったくの無駄だった。大きな荷物を背負って、不動明王の怒りをかいくぐり、混沌の中から抜け出して我先に船に辿り着くのは無理だ。僕とシンとメエちゃんの3人組みは、2時間ほど無駄に立ち尽くした後、戦線離脱して最後に乗り込むことに決めた。

港の入り口に着いたのは8時頃だったが、結局門をくぐったのは12時だった。僕らはこの時点ですでに、体力と気力のほとんどを使い果たしていた。

出国手続きを済ませ、荷物を背負って船まで歩いていく。ナセル湖の湖面が視界に飛び込んでくると、そこには巨大な豪華客船が係留されていた。もちろん、僕らが乗るのはこの船ではない。乗客たちの身なり、引越しに近いほどの荷物、警備兵の客に対する扱い、どれを考えても僕らが乗る船は、これではない。

スーダン行きの国際線は、情けなくなるほど貧相な姿をしていた。小さくて、薄汚れ、飾りなどは何もなく、年老いて見えた。いったいどこに、港の入り口で押し合い圧し合いしていた、あれだけの人間が乗る空間があるというのか。

そして乗客たちはすでに一人残らずここへ押しかけ、船の上で、外で、やはり押し合い圧し合いしていた。僕ら3人が最後だ、再び無秩序な混沌の中へ身を投じる。

今朝方、下手な英語でしつこく話しかけてきたエジプト人がいた。先に乗り込んで、なんと僕らの席を確保してくれていた。船の入り口で僕らを待っていて、まるでジャングルを分け入って行くかのように、絡みついてくる人々を押しのけながら、客室まで案内してくれた。

彼の息子たちは空手をやっているという。練習を見ている間に、自分も日本語で一から十まで言えるようになった、とこれまた下手な発音で披露してくれた。僕も日本で空手をやっていた、見るからに強そうな風貌のシンも、格闘家だと話をしたばかりだった。

空手の国、日本からやってきた息子たちの先輩をほっとけなかったのだろう。彼は、センパイという言葉も知っていた。きっと彼は、家に帰ったら息子たちに話をするだろう、空手家の日本人に出会ったと、そして助けてあげたと。

僕はエジプト人はとても親切だと思う。もちろん、港の入り口で僕らに怒鳴り散らしていた男のように、ろくでもない人間も多いが、3カ月を過ごしてみて、嫌な思いをすることは比較的少なかった。親切で礼儀正しい印象の方が強く残った。

船の中には、大勢の人間が吐き出す息と汗による、不快な湿度と熱と臭いが満ちていた。一心不乱に荷物を詰め込む殺気立った人々、大人たちの怒鳴り声と、子供の泣き声。

ラジカセを買ったのがよほど嬉しいのだろうか、さっそく箱から出して、大音響で音楽を鳴らしている連中がいる。スピーカーの出力の限界を超えて、音がひび割れていた。さらに手拍子と歌声が重なる。僕が早くも逃げ出したくなっている状況で、楽しそうな人たちもいる。久しぶりに国へ帰るのだろうか、家族に会えるのかもしれない。ラジカセはきっと、家族へのお土産に違いない。

乗務員がやってきて、通路に詰まれた荷物をどかせと怒鳴り声を上げる。荷物の持ち主はしぶしぶ荷物をどかす。しかし、それをどかしても置く所などなく、乗務員がいなくなると、また同じ場所へ積み上げる。しばらくすると、また乗務員がやってきて怒鳴り声をあげる。

何時間経っても、船は一向に出発する気配すらない。通路はもちろんのこと、甲板の上にも、救命ボートの下にも、床という床はすべて人と荷物で埋め尽くされていた。トイレへ行くのもやっとで、洗面所のシンクは出発前にもかかわらず早くも詰まっており、汚水が床を濡らしていた。

硬い木の長椅子には、背中の真ん中ほどまでしか背もたれがない。腰を直角のまま息を殺して座る。足元には他の乗客の荷物があり、辛うじて両足を揃えて置ける空間があるだけで、動かすことは許されない。

目の前で煙草を吸っていた男が、僕の足元に吸殻を投げ捨てた。男は火を消そうとしない。つい先日起こった、紅海を横断する客船の沈没事故を思い出した。1,400人が水死、原因は火災だっと聞く。なるほど、火災はこうやって起きたわけだ。

僕は大袈裟に煙草を足でもみ消すと、男の方へ蹴りやって、それに気づいた男を睨みつけた。男はバツの悪そうな苦笑いを浮かべた。燃やすなら自分だけにしてくれ。

狭い場所に大勢の人間が詰め込まれた圧迫感、身動きひとつとれない苦痛。もうそこには居たくなかった、腹は減っていないが食堂へ向かう。一回分の夕食が料金に含まれている。たぶん早く食べないと、この人数ではすぐ足りなくなるだろう。

食堂はさらに混雑を極めていた。人の頭越しに食事券を突き出し、何とか料理を手にすると、先客に席を詰めてもらって座った。芋とスジ肉がひと切れのスープ、ミニサラダ、オレンジが半分、そして硬いパン、それをテーブルに並べた。

スプーンが無い。また二重三重になった人々を掻き分けて、カウンターまで取りに行く気力はなかった。そんなことをしていたら、たぶん席と料理がなくなる。

僕が手で食べ始めると、隣の男がこれを使えとスプーンを寄こしてきた。回りを見ても、手で食べている人は多い。だが外国人がやっているのを見て、見かねたのかもしれない。親切ではあったが、それは男が今まで口に咥えていたスプーンだった。

僕はお礼だけ言って、朝起きて以来、一度も洗っていない手で食べ続けた。食べ終わるころには、手も綺麗になった。

食事が済むと、外はもう暗かった。7時半を過ぎて、船が動き出した。この船が動くという事実を、何のために乗り込んだのかを、もう忘れかけていた。宿を出てから12時間が経過していた。ようやく、ナセル湖の船旅が始まった。

しかし、僕がこのとき一番望んだことは、宿へ戻って寝ることだった。


加倉大輔2006-02-14 Tue 20:10 TrackBack
この記事の感想

大変でしたね。さぞ、疲れた事でしょう。

     PCの前でチャルメラを食べながら

トリック☆スター2006-04-27 Thu 10:54
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