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パキスタンのペシャワールでイランビザを取得した。次の国へ入国するには、当然ながらビザが必要となる。滞在中の国のビザが切れる前に次の国のビザを取得し、国境線を越える。バックパッカーの旅とは、大掛かりなスタンプラリーのようなものだ。
国境でポンと気前よくスタンプを押してもらうだけの場合もあれば、事前に数日かけて大使館・領事館詣を行う場合もある。そして今回のイランビザは、これまでで最も困難を極めた。
ビザ取得で一番気が重いのは、何と言っても早起きだ。普段、寝たくなったら寝て、寝たくなくなったら起きるという、雄ライオンのような生活をしている体には、早起きしてバスに乗り、込み合う窓口の長い列に並ぶというのは億劫なこと、この上ない。
それに大使館や領事館というは、週末はもちろんのこと、その所在地である国の休日と、自国の休日まで休みで、ビザの受付は昼で終了してしまう。その上、窓口の係官が犯罪者でも扱うような態度の場合も多い。いくら僕が徳を積んだ僧侶のような頭をしていても、やはり気が滅入る作業だ。
幸い、イラン領事館の係官は親切だった。窓口で働いている人は、現地の人、つまりパキスタン人だと思うが、パキスタン人は親切な人が多い。
まずはビザの申請用紙をもらい、もう何度も何度も繰り返してきた、パスポート番号やら、発行年月日、住所、職業などを書き込む。職業は無職と書くよりも、適当に何かを書いた方がいい。僕はいつも PROGRAMMER と書く。
イランビザの申請用紙には、一体何の目的だろう、ニックネームを書き込む欄があった。一瞬、吹き出しそうになりながらも、きちんと DAICHAN と書いておく。
申請用紙を提出すると、面接を行うので呼ばれるまでお待ち下さいという。僕は素っ頓狂な声をあげて、面接ですかぁ、と訊き返した。観光ビザの申請で面接を行うなど前代未聞だった。
一時間ほど待って、僕の順番となった。ドアを開けて小部屋に入って行くと、面接員が一人机に座っていた。言われた通りに椅子に腰掛けると質問が始まった。
ペシャワールに来て何日になりますか。パキスタンへはどこから入国しましたか。結婚していますか。職業は何ですか。イランへ行く目的は何ですか。どこに滞在するつもりですか。など、他愛もない質問ばかりだったが、大学は出ましたか、という質問には意図を図りかねた。
コンピュータの専門学校を卒業したと答えると、卒業証明書はありますか、と続いた。僕は、へぇっ、と、また素っ頓狂な声をあげた。ここにはありません、日本にはあると思いますけど… そう答えると、納得したのか、面接はそこで終了。面接官はわざわざ立ち上がり、僕に向かって丁寧にお礼を言ってドアを開けてくれた。
ビザの窓口へ戻ると、病院へ行って血液検査を受けるように指示され、明日の朝九時に、その検査結果を持ってきてくださいと言う。面接に続き血液検査、僕は一体どこへ行こうとしているのだろう、イランってどんな国なんだ。僕はただ、30日の観光ビザが欲しいだけなのに。
次の日、まだ寝させろという脳味噌に鞭をふるい、早起きすると外は雨。雨だろうと嵐だろうと祭りだろうと、行かねばならない。領事館が明日も開いているとは限らない。
病院で検査結果を受け取る。B型肝炎と AIDS の反応は無し、別に心当たりがあるわけではないが、なぜかホッとした。これを読んで、僕と同じくホッとした女性もいるかもしれない。
領事館へ検査結果を届けると、すぐさま次の指示が飛んできた。この振込用紙を持って銀行へ行き、支払済みの領収書を持って戻ってきてください。
まるで買い物競争かオリエンテーリングだ。次にまたここへ戻ってくると、三本松の丘に登り狼煙を上げろ、スキッピーのピーナッツバターを探して買って来い、森に住む老人が草薙の剣のありかを知っているぞ、なんて指示だかなんだかが出そうだ。
指定された銀行は遠かった、雨の中を30分も歩いて探し回る。二人のパキスタン人と一緒だったので、僕はただ後ろを着いて行くだけでよかったが、一人だったら辿り着けなかっただろう。オリエンテーリングには、時にチームワークが要求される。
あまりにも遠いので、帰りは三輪バイクのタクシーに乗った。二人用のシートに三人、両側をヒゲのバキスタン人に挟まれて、それ以上不可能なほど密着して領事館の前へ乗りつける。これはもしかしたら、競技者同士の連帯感を高めるための演出なのかもしれない。
ショットガンを抱えた警備員たちは、昨日から何度も出入りするボウズ頭を見るたびに、さぁ行ってこい、さぁ頑張れ、やぁ戻ってきたな、毎回陽気に握手を求めてきて、僕のオリエンテーリングに声援を送ってくれる。
雨に濡れた手で、領収書を窓口へ突っ込む。今日は九時から開始して、この時点で十時を少し過ぎていた、なかなかの成績ではないか。早起きし、バスに乗り、面接を受け、血を抜かれ、雨に打たれ、4,050ルピー (7,232円) を払った。次は何だ。
係官はにこやかに微笑むと、最後の指示を出した。
「 三時に受け取りです」
あぁ、また30分もバスに乗って戻ってくるのか…。僕は一緒に雨の中を歩いたパキスタン人たちと顔を見合わせ、仕方ないね、と苦笑した。
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