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パキスタンの東側、ラホールから、一気に西の端のペシャワールへ横断する。エアコン付きの寝台列車で10時間、このまま国境を越えるつもりなので、パキスタンの列車はこれが最初で最後となるだろう。
切符を握りしめたまま乗務員に案内されたのは、ドア付きトイレ付きの立派な個室だった。
日本人の基準では決して立派と言えるほどではないが、僕がラホールで泊まっていた、トイレの汚水が染み出してベッドの下まで流れてくるドミトリーよりはずっと立派で、インドのデリーで泊まっていた大小様々なゴキブリが徘徊する部屋よりは遥かに綺麗だ。
この部屋は僕一人なのか? と案内してくれた乗務員に尋ねると、ボウズ頭の中国人が珍しくてぞろぞろ着いてきた弁当売りとチャイ売りまで声を揃えて、そうだそうだと答える。
僕はその時は中国人ではなかったし、今現在も中国人ではないが、なぜかパキスタン人から出てくる最初の質問は、中国人か? なのだ。僕もパキスタンに来るまで知らなかったし、気に留めた事もなかったが、パキスタンは中国と国境を接している。だから僕らの顔を見て最初に頭に浮かぶ人種は中国人なのかもしれない。
チキンは食うか、ピザはどうだ、夜中の九時に一生懸命夕食を売り込もうとみんな必死だったが、僕はもう夕食は済ませたと告げて、入れかわり立ちかわりやってくる物売りを断った。
疲れていた僕は掃除のオヤジまで断り、この列車の一晩の空間は、たった 475 ルピー (848円) なのだと考えながら、改めて部屋を見回した。十時間も走り、個室でこの値段は今までの旅の中で最安値だ。
僕は読みかけの司馬良太郎を取り出し、水とポテトチップスをテーブルに用意して、ベッドに腰掛けた。
すると、また誰かがドアをノックする。しつこい物売りにうんざりしながらスライドドアを開けると、カバンを抱えた、鼻ヒゲと顎ヒゲのよく繁った、つまり顔中がヒゲの、パキスタン人が立っていた。背が高く、腹は通路につかえそうなほど突き出ていて、持っているカバンよりも重そうだ。
どうやら、この部屋は僕一人の部屋ではなかったらしい。さっきの乗務員達はまったく英語が通じていなかったので、僕の質問に適当に答えたに違いない。
ヒゲのパキスタン人は、やぁやぁこんにちは、中国人ですか? と挨拶しながら入ってきて、ベッドのもう一方の端にドンと座った。君は上だ、ヒゲの彼が指差した先は、壁に収納された折りたたみ式のベッドだった。
僕は司馬遼太郎を諦めて、限りなく続くであろう、このヒゲのパキスタン人の質問に付き合うことにした。
旅行ですか、パキスタンではどこへ行きましたか、何歳ですか、結婚していますか、仕事はなんですか、宗教は、兄弟はいますか、日本にもモスリムはたくさんいますか、僕と日本への彼の興味は長いこと続き、僕はひとつひとつの質問に答えては、同じ質問を訊き返した。
彼は44才で、生地を作る会社に勤めており、ペシャワールへは出張だという。長女が16才、次は男で14才、末の女の子は7才か8才、忘れてしまったらしい。
当然ながら生まれながらにしてイスラム教徒のモスリムであり、酒は一適たりとも飲んだことがないという。外国へはサウジアラビアへ行ったことがあり、目的はメッカへの巡礼だ。
イスラムの教えでは、信者は日に五回メッカへ向かって祈りを捧げる。そして一生に一度、実際にメッカへ巡礼せねばならない。それは、行きたい人は行けばいいというような、初詣のようなものではなく、モスリムである限り行かねばならぬという厳しい戒律なのだ。ただし、実際にはサウジアラビアまで行けるお金のある信者ということになる。
隣の国のインドへも二度、これは旅行で出かけたことがあるらしい。パキスタンとインドは仲が悪い、昔は旅行もできなかったが、今ではお互いの国を行き来できるようになったのだと教えてくれた。
政治的には今でも揉めているが、元は同じ国の人間だし、言葉だって同じなんだ。そういう彼の話には、どこの国でも聞こえてきそうな、政治的問題と国民の生活の間にある、大きな亀裂のようなものが見え隠れする。
パキスタンの地方では、ほとんどの人々が教育を受けておらず、これも大きな問題だと話してくれた。調べてみると、2003 年の調査では、15才以上で文字が読み書きできる識字率は、わずか 45.7% しかない。その内、男性は 59.8%、女性は 30.6%、女性の地位が圧倒的に低いイスラム文化が数字に表れている。
彼はやはり、僕があちこちの国を長いこと旅行していることに驚いたらしく、お金はどうしているんだ、父親が金持ちなのか、と尋ねてきた。親が金持ちなのか、とは訊かず、父親が、と限定した質問なのも、男性社会であるイスラム文化の発想といえる。
僕は、何年も働いて自分でお金を貯めたんです、そう答えた。彼が、ほうほうと感心して頷いたので、今は長い長い休暇なんですよ、と続けた。
僕は、そう言ってから少し後悔した。一晩走る列車の個室に848円で乗れる物価の国で、たとえ何年働いたとしても、僕のように長い長い海外旅行などできるはずがないのだ。僕は、たまたま裕福な国に生まれて、こういう人生の選択肢のある環境に育ったにすぎない。
話を終えて寝ている間、列車はエンジンの故障で三時間遅れて、目的のペシャワールへ到着した。
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