Template Last Updated: "2010-02-01 Mon 20:37:34"
Home トップページ
世界一周旅行ときどき日記 記事一覧
オーロビルが目指す社会 アガスティアの葉の謎を暴く ~ 第一章

理想の社会とは

The Day 882 - 2005-04-06 Wed 11:33 Auroville, India… Aswad - World Of Confusion
オーロビルの道
ソーラーキッチン

オーロビルへ来て3週間ほどが過ぎた。僕の旅はどこへ行ってもそうだが、何をするわけでもなく、ただ、そこへ行き、何もない日々を過ごす。観光するわけでもなく、なんとなく日々を過ごしていると、なんとなく感じてくるものがある。

オーロビルの姿がおぼろげながら見えてくると、この町の話をするには、その始まりを話さないわけにはいかないように思えてきた。

その昔、インドの激動の時代を生きた、コルカタ出身の思想家、オーロビンド ゴーシュという人物がいた。オーロビンドは幼少の頃イギリスへ渡り、西欧教育を受けてケンブリッジ大学を卒業したのち、インドへ帰国する。

その後、コルカタ (カルカッタ) を中心に展開されたベンガル分割反対闘争の指導者として、反英・独立運動を行ったが、イギリス官憲からの弾圧を受けて政治から離れ、当時フランス領だったポンディシェリー (オーロビルの隣町) へ隠棲した。

そして今世紀の初め、ポンディシェリーを拠点にヨガの行者として宗教運動を起こす。彼は、インド思想こそが世界を導き人類を救う思想であると力説し、人々の精神の向上、覚醒、解放を目指し、悟りによって得られる絶対者の力を身につけた超人の出現を待望する論を述べ、多くの支持者を集め、その流れは現在でも続いている。

オーロビンドの没後、彼の運動はマザーと呼ばれていた、ひとりのフランス人女性へと引き継がれた。そのマザーの提唱により、1968年からオーロビルの建設が始まる。オーロビンドの目指した理想に向かって、暝想を行い、生活をする人たちの町とされた。つまり、オーロビルは元々宗教活動を目的として誕生した。

オーロビルに住む人々は、基本的には町からの給付金によって暮らすということになっている。家は自分で建てるが、そこに住む権利が与えられるだけで、不動産の所有権は町にあり、町を離れるとしても家を売ることはできない。宿を営み、客が宿泊料を払っても、その売り上げはすべて町へ納め、自分の所得にはならない。

つまりオーロビルで暮らすということは、金儲けとは一切無縁の暮らしをすることになる。僕はこれはこれで、素晴らしい仕組みだと思う。富を平等に分配するのであれば、金持ちも貧乏人もいなくなる、将来や老後を心配して思い悩む必要もない。

そこで思い浮かぶのは社会主義や共産主義だが、適切に運営されうるのであれば、僕は競争原理だけの社会よりも、人として心豊かに生きていけるのではないかと思う。

しかし現実には、ソ連の解体、ベルリンの壁の崩壊、中国の競争原理化、北朝鮮の孤立のように、どれも上手くは機能していない。そこには階級が作られ、独裁政治による腐敗がばびこり、過酷な貧富の差が生まれた。統率する側にもされる側にも、富への欲がある限り、社会主義の理想は実現できないのだと僕は思う。

ではその反対に、人間の欲を社会の原動力として資本主義を掲げてみると、欲は止まることを知らず、その欲を限りなく引き出す方法と、競争心を掻き立てる方法が、次から次へと生み出され、社会はものすごい勢いで発展した。

崩壊した社会主義思想と、行き過ぎた競争社会、どちらもその仕組みを営む人間の心に問題があるのならば、オーロビンドが唱えた、人々の精神の向上、覚醒、解放という目標は、僕も大いに賛同できる。

しかし僕は、3週間をここで過ごし、どうしても感じてしまう違和感を頭から拭い去ることができなかった。

オーロビルの住人の3分の2は外国人だが、彼らは、僕の目から見れば豪邸としか思えない家に住んでいる。広い庭に大きな家、先進国からそのまま持ってきたような立派な家が、木立の間に建ち並んでいる。

町からの給付金だけで、家の維持管理をし、たまに一時帰国を行い、パソコンを買い、国際電話をかけ、子供を自国の大学へ入れたりなど、先進国の人間の暮らしを賄えるとは思えない。

つまり、彼らは給付金には頼らずとも、将来に渡り十分な資金を持っている裕福な人々なのだろう。豪邸がそれを物語っている。

僕が泊まった宿のオーナー、宿は町の所有なので厳密にはオーナーとは呼ばないが、その人は外国人だった。しかし、客の応対は一緒に住んでいる住み込みのインド人が行っていて、オーナーと口を利いたのは初日の一度きり。さらに客室の掃除は、通いのインド人女性が行っている。

町をうろうろしていると、オーロビルは金儲けをしない人々、つまり町の住人だけで営まれているわけではないことがわかってくる。

住人が集まる食堂でひたすら食器を洗う人々、レストランのウェイター、たまにしか通らない車を一日中木陰で待ち、ゲートを開け閉めする人、案内所の案内係り、お土産屋の売り子、林道の落ち葉を毎日集める人、タクシーの運転手、砂煙にまみれて道路の整備をする人々、夕方から深夜まで一軒一軒の家を回って8時間見回りする人、そのすべてが雇われたインド人たちだった。

お金の不自由のない人々が立派な家に住み、それをインド人の安い労働力が支えている。そういう、現代社会の縮図がそのまま見えてくる。

町では、仕事は生活のための手段ではなく、自己を表現し、能力と可能性を伸ばし、集団への貢献のために行う。競争や争いは無く、人と人との結びつきや協力、友好関係の構築が目的であるとされている。

しかし、それがまかり通るのは、すでによそで金儲けを済ませてきた人々であり、毎日食器を洗い、豪邸の庭を掃除するインド人は含まれていないようだ。そう考えてしまうと、オーロビルは金持ちのリタイヤ村にも思えてくる。僕にはマザーの掲げた夢と、大きくかけ離れつつあるように思えてしまう。

寄付金を集めて、貯金を切り崩しつつ暮らす人々の町ならば、その先に町の自立はありえないのではなかろうか。

マザーの没後、程なくしてオーロビンド派と、オーロビルの町との対立が持ち上がり、両者の関係はこじれるばかりで、町の建設はなかなか進まないのだという。僕が感じた違和感は、純粋に宗教活動を重んじるオーロビンド派の人々にも、違和感として感じられるのかもしれない。

ある日、これからオーロビルに住むというインド人の若者が語ってくれた。

「世の中にはいろんな問題がある、その問題を解決しようと町を作ったのだから、この町でもいろんな問題が起こるのは当然だ」

オーロビルの未来、人類の未来が希望に満ちたものであることを願う。


加倉大輔2005-04-06 Wed 11:33 TrackBack
この記事の感想

このページを見つけて以来ずーっと拝見しています。
オーロビル、そんな街があるのか。と興味津々でしたが、なんだかがっかりでした。人間の富と欲、、、考えさせられますね。
これからも更新楽しみにしています。

砂智子2005-04-11 Mon 22:27

僕自身も少しがっかりはしたんですが、この町は人間の新しい生き方の第一歩を模索する町であり、発展を続けていく町。この町から何かを学んで、自分たちの生活の中で生かしていければいいと感じました。

加倉大輔2005-04-11 Mon 23:18

 所詮ヒトとはそんなもの。理想は理想であるから美しいもの。寂しいね。

ドカン2005-11-29 Tue 00:08
世界一周旅行ときどき日記 記事一覧
オーロビルが目指す社会 アガスティアの葉の謎を暴く ~ 第一章
この記事への感想を書く
世界一周旅行ときどき日記 記事一覧
オーロビルが目指す社会 アガスティアの葉の謎を暴く ~ 第一章