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南インドの東側、巨大なベンガル湾に面した場所にポンディシェリーという町がある。
1674年という大昔にフランスの植民地となり、その後、フランス、オランダ、イギリスの間で奪ったり奪われたりを繰り返し、1814年、ナポレオン戦争の終結によって、ふたたびフランス領となった。
日本は江戸時代。水戸の御老公が諸国を行脚し、風車の弥七に命じて越後屋と悪徳奉行との結託を暴いたり、真面目で器量好しな町娘、お琴が必殺仕事人におとっつぁんの敵討ちを依頼していた頃である。
それから140年という歳月を経て、1954年、ポンディシェリーはようやくインドへ返還された。
つまり、遠山の金さんが月代を光らせ眉を吊り上げながら、白を切る越後屋と悪徳奉行に自慢の桜吹雪を見せ付けていた時も、ポンディシェリーはずっとフランス領であり、越後屋は代々性懲りもなく悪徳商法を続けていたというわけだ。
おおまかな歴史はこれでおわかりいただけたと思う。ポンディシェリーにはそういった歴史的背景があり、今でも町の一角にはフランスの田舎町を思わせる、フレンチ風な建物が多く残っている。
僕は今まで訪れたインドの町とはまったく違う、ゴミも落ちていないし、ウシも歩いていない、街路樹の間から輝く太陽が降り注ぐ気持ちのいい道を歩きながら、南フランスの田舎町の風景を思い出そうとして別なことを思い出した。
僕はフランスに行ったことがない。
町ではフランス人の姿をちらほら見かける。インドの庶民がとても入れそうもない、門番付きのフレンチレストランへ穴の開いたTシャツで入ってみると、この町の住人らしきフランス人家族で賑わっていた。それからチキン炒飯が美味しかった。
とはいっても、もちろんほとんどの住民はインド人だが、数百年という長い植民地支配の時代がそうさせるのか、ここのインド人のサービスは、他より丁寧なように思える。
別のあるレストランで、ウェイターが床に片膝をついて注文をとりはじめた時は、ホストクラブか、はたまたプロポーズではあるまいし、いささかやりすぎではないかと感じた。
宿泊している宿でも、24時間サービスの看板を掲げている。ある日、昼まで寝ていたら従業員がやってきてドアをノックするので目が覚めた。何の用ですかと訊いてみると、ピザはいかがですかと言う。次の日は夜中の10時にやってきた、今度はアイスクリームだった。くれるわけではない、売りに来たのだ。
ちょっと待ちたまえ君たち、それはただの訪問販売で、サービスではなく、セールスでしょ。
どこかおかしい、やはりここはインド。
私の職場の同僚は、仕事の合間に自販機でコーヒーをおごると、私の分のコーヒー缶をさっと取り出し、床に片膝をついて「どうぞ」と差し出します。ホストクラブか、はたまたプロポーズではあるまいし、いささかやりすぎではないかと感じる今日この頃です。
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