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ヒンドゥ教の寺院でヤギを生贄に捧げる儀式をやっているというので、見物に行った。
コルカタ (カルカッタ) のカーリーガート寺院では、毎日ヤギを生贄として神様に捧げている。寺院の周辺は大賑わいで、建物の中へ入るための長い行列ができていた。
その建物の脇に、低い石塀で囲まれた 5m 四方ほどの場所がある。四方の塀の中央には人が通れるように出入り口があり、人々は裸足になって中へ進み祈りを捧げていた。
どうやらここが目的の生贄の祭壇らしい。外には生贄と思われる数頭のヤギが繋がれていて順番を待っている。祭壇の石床には、まだ新しい鮮やかな赤い血が流れていた。数匹の犬たちが祭壇を取り囲んで昼寝している、おこぼれにあずかるのを待っているのだろう。
祭壇の床から、2本の四角い木の棒が垂直に伸びている。高さ 1.5m、10cm 四方ほどの太さで、2本の間隔は 15cm 程度、その棒の周りには人々が置いた、たくさんの花が積まれていた。
教徒たちはまず、糸を通して輪になった花を棒に通すか、上にひっかける、そして棒の先に自分の額をくっつけたり、棒の間に首を乗せて祈りを捧げていた。奇妙な祈り方だったが、その意味は後から判ることになる。
しばらく祈る人々を眺めていると、いよいよ生贄のヤギが引き連れられてきた。黒い毛が美しい、大人のヤギだった。トントンと乾いた音の太鼓が鳴らされ、人々がざわめきながら祭壇の回りを取り囲む。
そこへ刃渡り 1m はありそうな巨大なナイフを持った男が現れた。ナイフと呼ぶべきか、もしくは刀と呼ぶべきか。柄も金属でできており、刀身と一体となっている。
刀身の幅は 10cm ほどもあるが、厚みがなく剃刀のように薄く鋭い。触れただけで深く切れるのが見てわかる。鏡のように磨き上げられたその刀身は、長年使い込まれてきた金属の色合いで、太陽の光を反射して銀色に輝いていた。
その大きさと両腕で抱えるほどの重量、金属の滑らかで鋭く固い質感を感じた瞬間、生贄のヤギはギロチンによって殺されるのだと判った。
男たちがヤギの短い角を掴み、先ほどまで人々が祈りを捧げていた2本の棒の間にはめ込んだ。棒はヤギの頭を固定するための物だったのだ。人々が首を乗せていたのは、生贄を真似た擬似的な行為だったらしい。
続いて、男たちはヤギの前足と後ろ足を掴み、力の限り後ろへ引っ張る。首は固定されているので、ヤギの体は無理やり空中へ持ち上げられ、そしてその瞬間、巨大な銀色の鋭い刃が振り下ろされた。
その刃は驚くべき鋭さで、ヤギの首を、空気を切るかのごとく通り抜けた。
ヤギの頭は目を開けたままボトリと落ち、体は後ろに引っ張られて男達の後ろまで飛んでドサッと落ちた。首の無いヤギは横倒しのまま、どこかへ走って逃げるかのように、4本の足を激しく前後させていた。
もしきちんと立たせれば本当に走るかもしれない。そう思わせるほど躍動感に溢れた足の動きだった。
走るたびに、首の切断面からドロリとした赤い血が溢れ出た。叶うことのない床の上の逃亡は数分間続き、やがて細かな痙攣が起こり、死体となった。
人々はこぞって2本の棒の内側に付着したヤギの血を指先でなぞり、それを額の中央に付けた。犬が昼寝から目覚め、石床に流れた鮮血をなめている。
生贄のヤギは次々と引き連れられてきて、いとも簡単に首を刎ねられていく。そのほとんどが生後間も無いような仔ヤギだった。仔ヤギほど生贄に適しているのだろう。物語に出てくる生贄は、子供や処女、汚れの無いものと決まっている。
寺院の外ではヤギの解体作業が行われていた。食べる為に殺すのも、生贄として殺してから食べるのも、殺すという行為には変わりは無い。
宗教はその違いによって、殺せとも殺すなとも、戦えとも戦うなとも教える。人生の選択のひとつで、付随的なものであることもあれば、生まれた時から絶対に破ることの許されない、中心的な掟であったりもする。
はたして生贄の儀式は残酷な行為だろうか。神も仏も信じず、何の宗教も信仰せず、鶏一匹殺したことさえない僕には、わからない。そこには考え方の違いがあるだけで、答えがあるわけではないように思えた。
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