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サトシ。男性、28才、妻子あり。職業、お土産屋。関西弁を話す。顔は少し怪しいが、悪人ではない。
コルカタ (カルカッタ) を訪れた日本人バックパッカーなら、まずこいつを知らない人はいないだろう。流暢な関西弁を喋るインド人、サトシ。本名は不明。
某有名 Paragon Hotel 脇の路上でお土産屋を18年もやっていて、旅行でやってくる日本人から、なぜか関西弁を学び、今では立派な関西人になっている。
なんでそんなに日本語がうまいんだ、と質問してみると、道路の端から端まで聞こえるような大声で、答えてくれた。
「わし、関西人やし!!」
なるほど、関西人は声が大きくなくてはいけない。人目をはばかって小声で話すケツの穴の小さな関西人はいない。関西人はニューヨークの雑踏の中で 200m 離れていても識別できる。モンゴルの大平原なら 2km くらいは会話が聞こえる。
居場所が嫌でもわかってしまうので、スキー場で遭難した関西人というのが、今だかつていないのは有名な話である。見かけは間違いなくインド人だが、サトシのハートは関西人だった。
なんで関西弁なんだ、という次の質問に対して、サトシはこう答えた。
「フツーの日本語を話すインド人はいっぱいおるやろ、それやったらおもろないねん」
あっぱれである。おもしろさを追求せずにはいられない、関西人の性まで学んでしまったらしい。
関西人は生まれながらに DNA の塩基配列が漫才師であり、笑いを取れない関西人は関西人にあらず、恋人どころか友達もできないというのは日本では常識である。
関西人は人を笑わせてナンボである。関西では 「じぶん、おもろないでぇ」 と言われたら、死刑宣告も同じだが、知っているか? とサトシに訊いてみた。
「ホンマかぁ!? そらたいへんやなぁ」
と、軽く受け流したかと思いきや。僕がパソコンを抱えているのを見て、
「ニーチャン、カバンこうた方がええんちゃうん?」
次の瞬間には物を売りつけにかかった。さすが浪花商人、ここコルカタの路地裏で、関西文化をひとりで守り続けるサトシは偉大である。
5分後にはまんまとカバンを買わされた。今ではすっかり気に入って愛用している。
その後も、お香やら神様シールやら、絵葉書はいらへんかと商魂逞しい。
「ふたぁつこうてくれたら勉強するで」
もう間違いなく関西人である。
正月明けということで、サトシは今年の抱負を声高らかに語ってくれた。
「わし、かぁちゃんと約束してん、今年はボラへんでぇ!!」
がんばれサトシ。
paragonホテル 20数年前に泊まったことがあります。あの頃、午後に、スコールが来ると、ホテルの前の通路は、水があふれて、太ももまでの洪水になっていました。ウンコがプカプカ浮いていて、その中を水ををかき分けてホテルに帰っていました。確かに、下水のパイプは、道路脇に垂れ流しでした。ホテルの屋上で飯を食べ、近所の少女が窓辺に座って夕涼みをしているのを見ながら、淡い夢を見ていました。まだ地下鉄はなく、カルカッタ駅では、豚が徘徊して、線路脇の汚物を食べていました。ホテル近くの物売りは、笛やらハッシシーを売っていました。サトシは、その近くで、遊んでいたのですかね?
サトシずいぶん太ったなあしかも関西弁まで覚えてるし。15年前会ったけど、フツーに痩せてたし標準語だったよ。
サトシや~!この前会ったけどさらに太って、元気でした。「欧米かッ!!!」ってゆーのを教えて来ました◎
さとし、どうしているかなぁと思って検索しました。
やっぱりお土産ややっているのかぁ。
カルカッタ行ったのは1995年の5月頃だったから、あれから15年か。。。
ワシも昨年の夏に会った。もっと年くってるな。
それで象のが絵柄のはいったスカーフをかっちゃった。洗濯するとひどく染料がおちる。
文句いったら、本当?だってよ。
いまでは旅のいい思い出。
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