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| チャリ王 決定 ~ 後編 | ビザと子供と信号機 (とカツラ) |
朝8時半にインド大使館へ行くと、閉じたゲートの前に長い行列ができていた。
カトマンドゥ (カトマンズ) でひと月以上が過ぎ、歯の治療も終わり、たっぷりと休養し、栄養も補給した。僕は心理的にも物理的にも重くなった腰を上げて、そろそろインドを目指すことにした。
最近はカトマンドゥもだんだん寒くなってきて、日陰でじっとしていると体が冷えてくる。行列に並ぶのを覚悟して、読みかけの本を一冊持ってきたが、寒いし、まだ頭が眠っていて読む気にならない。
大使館のゲートが開くまで、まだ1時間ある。行列は僕の後ろで、どんどん長くなっていき、僕は惚けたようにただ突っ立っていた。
名前を書いて、金属探知機を通り抜け、荷物検査とボディチェックを受けて、ビザの申請窓口に再び並ぶ。
申請用紙を提出し、大使館を出た時には11時になっていた。今日は申請をしただけで、ビザをもらえるのは来週になる。また朝の8時半からゲート前に並び、そして本申請の列に並び、続いてビザの受け取りの列に並ぶ。
ドラクエの発売日でも、パチンコ屋の新台入れ替えでもないのに、なぜそんなに朝早くから並ぶかと言えば、大使館のビザ部門は12時きっかりで終了してしまい、たとえ自分が最後のひとりであったとしても 「ハイまた明日」 と無情にも追い返されるのだ。
インドは遠い。
インド大使館の帰りに、カレーでも食べようと思いながらトボトボ歩いていると、歩道の脇で膝を抱えて座り、物乞いをしている子供がいた。細い腕で力なく差し出された右手の中には、小さなコインが数枚握られている。
僕はポケットに手を突っ込み、2枚あったコインを子供の手のコインの上へ重ねた。そのまま立ち去り、10歩ほど歩いたところで、ふと記憶が蘇った。
あの子供は僕が大使館へ向かう時にも、同じ場所に座っていた。その時も同じように膝を抱えていたが、顔を膝の間にうずめて窮屈な格好で眠っていた。まだ朝早く人通りも少ない歩道に、ただひとり、ポツンとその子だけが居たのを思い出した。
ここで夜を明かしたのだろうか、それとも朝早く物乞いのためにここへ来たのだろうか。
僕はさっきの2枚のコインでは足りない気がして、財布から100ルピー (150円) の紙幣を取り出し、子供の所まで戻り、それを手渡した。
一体何十人にコインを貰えば100ルピーになるのだろう。僕にとって100ルピーなんて、落としても気付きもしないであろう金額だが、この子供にとっては命を繋ぐためのお金になり得る。ネパールの物価ならば、お腹いっぱいになるサンドイッチが2つ買える。
子供は手渡された紙幣を見て、僕の顔を見上げた。ニコリともせず、唇を動かすこともなかった。表情は凍りついたまま変わらない。見えていないとも思える虚ろな目をしていた。
腹をすかせ、コンクリートの上で眠り、排気ガスを呼吸しながら、一日中路上に座り込み、一言も発せず、ただ、ただ、コインをくれる人が通るのを待っている生活。
もう、この子の成長してゆくべき子供の心は止まってしまったのかもしれない。
人間として備わっているべき、心の機能は、もう働いていないのかもしれない。
100ルピーはこの子の人生を救ったりはしない。そんな事はわかりきっている。そもそも僕には、この子を助ける義務も義理もありはしない。
しかし、僕は何かをしなければならない。
路上で暮らし、飢え、教育も受けられず、過酷な労働を強いられ、楽しみも喜びも与えられず、時には悲しみを感じる心さえも奪われた子供たちのために、僕にも何かできることがあるはずだ。
僕は、何かをしなければならない。
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